おいでませ ヒ・ミ・ツ あきんど日誌 他流試合 これでっせ 月刊マンガ TOP Myself daily repo BBS LINKS MICHIKO ログ13〜優雅な生活
記述日:97/3/17-5/24
Back to Log Index
■タバコ嫌い(97/5/24)
非喫煙者でかつ傲慢な嫌煙者の黒猫丸です、ありがとう。
さて、最近私はションベン臭い娘っこ(20-28才)どもがタバコを吸っているのに、いたく腹を立てているのだが、その理由を自分で考えてみた。
【理由:その1】
『将来、子供を産む母胎にニコチンが悪だから』
これは違う。他人がどうなろうと知ったことではないし、そもそも行きずりの無謀なセックスの方がよっぽど母胎に危険である。
【理由:その2】
『女性は慎ましくしなければならない?』
これも違う。ガキの頃、ハリウッド映画で女優さんがシブく紫煙をくゆらせているのをみて、ドキドキしたからだ。ちなみに今でもスリットの深いロングスカートとかにドキドキしますが。
【理由:その3】
『タバコ吸うより、コカインをキめた方がクールだから?』
これはちょっとあるかも。同じ薬物中毒なら、チープなニコチンより、コカインの方がよかろうと思われる。その理由は単にコカインが臭わない(と思われる)からだ。私にとっての悪は他人が勝手にむさぼる悪臭をかがされることで、
1)シンナー吸引 2)バルサン吸引 3)タバコ吸引 4)放屁・凶悪体臭−−を私の嗅覚の射程距離で行うことは全て悪であり、厳罰を持って処せねばならない。どのような厳罰かというと、「悪臭ごと早く消えてなくなれ、クソ虫め!」と死ね死ね光線を浴びせられ、寿命が縮まってしまうのである。恐いだろう!? しかしこれは特に女性のみに向けれるということでもない。
ん、どれにも当てはまらないぞ。なぜだ。
そこでもう一度脳内検索を行った結果、興味深い推測がでました。
『制服も着てないくせに、コギャルの真似してイヤだから』
そうです、タバコ娘どもを不快に感じるのは、私にとってこれが大きな理由のようです。
コギャルというのは、実に定義に困る言葉ですが、援助交際とか、太短いボルネオ系とか、下品とか、かなりダークなイメージの方ですね。もちろん、この人達はタバコを吸っています。実にだらしなく。
そんでもって、タバコを吸う女性というのが、どうもコギャルの「その後」に重なってしまうのです。これは順番が逆で、コギャルこそが先取りしていることは十分承知していますが、でも帰結するイメージは同じなのです。必要もないのに薬物依存のささやきを振り切れず、だらしなくタバコを吸っている女を見ると、「早くコギャルを卒業すれば?」と思ってしまう。で、憎んでしまうのです。
論理的に解析するつもりが、どうもうまく行かない。困ったが、確かに憎いぞ。
それだけは確かだ。同意の方、はげましを求む。■生きて帰ったぜ(97/5/14)
「・・・終わるな」1997年5月8日、オレ様時にオレ様はオレ様的な直感でもって、作業終了のニオイをかぎつけた。実質の納期&プレゼンまで24時間を切っていた。もちろん1年も切っていたし、強行突入のカウントダウンも始まっていた。Wの体重は80KGをはるかに上回り、脳に大量の冷や汗をかいた私は他に切るべきを知らず、混濁した意識の中で、必死に右手で左手をおさえていた。「まだだ、浮き上がるな!」
しかし、もともとこの仕事は96年7月に納入完了している仕事である。
「今は過去だ過去なの過去なのよん」攻撃に出た私は、代表取締役的な強硬手段で一命を発した。
「吉祥寺・李朝園、5/9 20:30に8名様予約を死守しろ!」
「ビール頼んでいいすか?」
「当たり前だ。塩でもタレでも好きな方を選べ!」
「いえ、あっしは冷たい方が・・」
「腹が破れるまで、おしぼりでも割り箸でも好きなだけ喰うがよいぞ」
「黒猫シャチョー、8名様予約取れました!」
受話器を握りしめた作戦部長からOKサインが出た。
「よし、ヒトマルヨンゴーをもって、本作業をリチョウ作戦と名付ける!」
「牛タン塩焼き作戦了解しました」
「骨付きカルビ作戦、確認急げ」
「カルビクッパ作戦準備完了!」
「ホルモン焼き作戦、展開用意」
「ビール冷たい作戦発動!」
「お前ら、人の話を聞いとらんな・・・サボるヤツは宴会にはよばん!」
「MO認識作戦に障害あり」
「デバック作戦中に火災発生」
「資料作成作戦に重大な損失」
「CD-Rプレス作戦に愛人発覚!」
「キーボード施設にカップ・ラーメン汁直撃!」
「私はもうイヤなのでスリープモードに入ります・・」
「わかった、オレが悪かった」
・・・とまあ、このようにまじめに仕事をしていて、ぜんぜんホームページ更新の余裕がなかったのである。かなり無茶でしたね。でもすごくまじめに働いたよ。
ちょっと楽になったので、更新してみました。近々ホームページを再構成予定。お楽しみに!■環境テロリスト(97/4/19)
最近、情けないやら恥ずかしいやらで黒い尻尾を痛めている。そうです、あの干潟の問題です。
もはや時代遅れの計画に役人が意地だけで巨額の税金をつぎ込み、なおかつ愛らしい干潟の生物達を抹殺しようとしているあの事件です。
私は基本的には政治には無関心だが(低俗なものを見ると魂が汚されるため)、これはひどい。長良川の河口ぜきの時も怒りました。そもそも公言すると、私は人間よりフクロウとか鷲とかの野生動物の方が大切だと思っている人間だ。知らない土地で知らない人間が何百人死のうが屁ともおもわんが、フクロウがいなくなるのは寂しい。密猟者を見ると、頭の皮を剥いで木に吊るしたくなるし、自分が食べるわけではない野生動物を殺しまくるハンター達も大嫌いだ。
そういう人間がああいった役人達の腐れ事業を見ると、むらむらと行動を起こしたくなる。そうだ、あの施設、爆破してやれと。
政治テロはいかんと思う。卑怯だし、だだっ子の域を出ない幼稚な行動だ。しかし、自然破壊者に対するテロは容認される。少なくとも私の中で。あの不細工な河口ぜきも吹っ飛ばしたいし、干潟を仕切る鉄板もみんな海に沈めたい。あ、海が汚れるか?
例え、施設が爆破されたとしても、もともといらないものだし、建設費はすべて支払われて金が欲しい人たちは大儲けしているし、自然も元に戻るしでよいこと尽くめのように思う。
農水省とか建設省のお役人も、「困りましたなあ」といいつつ、金はばらまき終わった後だから、全然困らないはずだ。役人達は頭がいいから、天下り先くらい、自分で見つける(か作る)だろう。今回は仕事が忙しかったから、腐れ役人どもは命拾いしたが、次は許さん。■ウソツキ丸(97/4/3)
確か4月1日付の朝日新聞のコラムだったと思うのだが、従軍慰安婦問題について、「朝日新聞の調査では慰安婦達はマネージャーから50-60%の取り分をもらい、当時の平均収入をはるかに上回る所得を得ていた」という表現がありました。一言で言うと、慰安婦達は儲けていたので、そんな連中に謝る必要はないよ、ということです。日付が日付だけにサンゴ落書き事件のような質の悪い4月バカかとも思うのだが、文中引っかかるところがあったので、それを解説したい。あ、ちなみに黒猫丸は従軍慰安婦問題は本格的に勉強していないので、いい・悪いを言うつもりはありません。あの戦争でタチの悪い日本兵がどんなひどいことをしても驚かないけどね(もちろん、1個人として恥ずかしいが)。
横道に逸れた。私が言いたいのは「情報操作のウソに騙されてはいけない」ということです。例えば今回の素材では
1)朝日新聞の調査では、当時の娼館経営者は従軍慰安婦に報酬を与えていた
2)その額は多額である
というのが、「従軍慰安婦は被害者面するな」という主張の背景になっています。しかし、学生の頃から実験レポートでの資料のごまかしを続けていた黒猫丸は以下のことを見抜いている
1’)調査の信憑性。どうせ、一人二人の経営者に話を聞いただけで、その上自分の都合の悪い情報(慰安婦に金なんか払うか)は切り捨てていた--かもしれない。
2’)実効性。実は報酬は与えられていたが、それは軍票と呼ばれる簡易貨幣の一種で、敗戦と同時に紙切れになり、調査上賃金は支払われたことになっているが、手元には紙屑しか残っていない−−かもしれない。
情報操作の基本は、以下に自分に都合の悪い情報を切り捨て、事実を曲解し、都合のいい情報を針小棒大に語るか−−ということにあります。例えば、5000人の重傷者が出た大災害でも、「死者は0で、被害も軽微」という表現ができます。確かに、事実ですが、「重傷者5000人」と「死者なし」では受ける印象が違いますよね?
はっきり言って、私は統計や調査を信じる気にはまったくなりません。少しでも統計学をかじったことのある人間なら、調査結果をいくらでも操作できるからです。また、調査対象が無作為に選ばれた1000人以上でないと、統計の意味も持ちません。極端に言えば、「従軍慰安婦問題をなかったことにする会」のところに行き、「従軍慰安婦なんていなかったんですよね?」といえば、みんな「いなかった。もちろんだとも」と答えるでしょう。しかし、これでも「当社による大規模な調査の結果」という表現を使うことができます。
人を騙すのは---というより、こちらが「用意した答え」を人に信じ込ませるのは非常に簡単です。しかし、朝日新聞はあまりに稚拙だ。情報操作がしたいなら、せめて私レベルのちゃんとしたプロを雇いなさい。■エヴァ遊び(97/3/26)
えー近頃エヴァンゲリオンの謎解明に血道を上げている私だが、なんと身近なところに回答が隠されていた。以下、お話形式でお伝えしよう。もちろん、フィクションですよ。
世界制覇を狙うゲーム会社「ゼーレ」は新機種の発表でテレビゲーム業界の勢力地図が大きく塗り変わった「セカンドインパクト」を契機に、「売り上げ補間計画」を発動する。そして計画実現のため、フリーのゲームデザイナー・ゲンドウを中心に特務プロジェクトチーム「ネルフ」を結成した。
ゲンドウは持ち前の弁舌で自分の企画がいかに優れ、他のゲームがいかにタコであるかを力説し、資金と機材をゼーレから巻き上げる。特に「リッチなCGのためにはこれがないとダメじゃん」と、SGI機関を搭載した謎のCGマシン「エヴァンゲリオン・インディ機」をゼーレからゲットし、さらに開発人員を集めることに成功する。
しかし、強大な開発力を手にしたゲンドウの心に、いつしか蛇が住み着いた。「そうだ。いつまでもお子さま向けゲームを作っている場合ではない。オレ様はゲイジツをめざすのだ」
ゲンドウはすでにこれから制作するゲームのコンテ「死海文書」をゼーレに提出していたが、心変わりしたゲンドウはコンテを忘れ、自らの制作活動に没頭し始める。またゼーレに対し、更なる「エヴァンゲリオン・インディゴ機」を要求する。ゼーレは最初は気前良く膨大な資金と開発機材を提供していたが、プレゼンを受けるたびにコンテとできている作品との違いの大きさを無視できなくなってきた。そして補間計画の延長−−つまり、締め切りをのばしてくれとのネルフの要請に、「ちょっとマズイんじゃないか?」と、危機感を持ち始め、最初の担当プロデューサー(使徒)・アダムをネルフへと派遣した。
しかし、ゲンドウは教授クラスの知識と思春期の少年の狂気で最初の使徒を翻弄し、「契約ではこうだろうが」と契約書(ロンギヌスの槍)を振り回して、丸め込んだ最初の使徒を机の下(地下)に隠してしまう。コンテから大きく外れたゲンドウの作るゲームは、制作現場にすら「その日仕事」になり、エヴァンのパイロットたち(CGデザイナー&プログラマー)すら最終目標を知らされていなかった。
延びに延びる開発期間に危機感を抱いたゼーレは、幽閉されている初代プロデューサーに何とか接触し、ゲンドウの計画の全貌を知ろうと、次々とプロデューサー(第3〜第12使徒)を制作現場であるネルフに送り込む。だが、来襲する使徒たちは「使徒が地下のアダムに接触すると開発計画が中止になる」と信じ込まされたプレゼン上手のオーサリングチームリーダー・ミサトに丸め込まれ、「もうすぐアルファ版が完成します」と甘い言葉をかけられて撃退される。また、時にはゼーレの一部である営業部門やゲーム問屋さんが来襲する(第13〜16使徒)が、これまた「20万本は売れまっせ」と体よく追い返されてしまう。
そして、最後にゼーレは補間計画の主権奪回とゲンドウの計画阻止のため、最強の使徒「開発部長」(第17使徒)を送り込む。開発経験の浅いパシリ的な他の使徒と比べると、開発部長は「開発者の心」がわかる使徒だった。開発部長自身、「ゲームは商品か芸術か」という悩みを持っていた。ミサトの口先だけのプレゼンを突破し、ネルフの最深部へと侵攻する開発部長。そしてそこで自閉症になっていたアダム(初代プロデューサーです)に接触し、ゲームプロデュース経験豊富という触れ込みのアダムが実は「転職者・リリス」であることを知る・・・
なんかここまで書いたが、「ひょっとしてオレはエヴァン・オタクだと思われるのでは?」と不安になってきました。シナリオも破綻してるし。
この文章の評判悪かったら(反応が冷たかったら)、なかったことにします。面白かったら励ましのメールください。喜んで続きを考えます。
といっても、まだゲームも開発中だしエヴァンゲリオンも映画でお話が完結していないそうだから書けないんですけどね。あ。もちろん、このお話はフィクションですよ!■エヴァンゲリオンを見た(97/3/17)
エヴァンゲリオンを最後まで見ました。すいません、映画版ではなくアニメの方です。ちょっと遅れてますな。たぶん映画の宣伝のためでしょうけど、土曜日の深夜にやってたヤツです。あーレンタル屋いかなくて助かった(とはいえ、Vol.7くらいまでレンタルで借りてた)。
私の感想ですが、「やったモン勝ちだな」ですね。終盤にかけてどんどん作品が崩れていくのも凄いと思います。たぶん、予算がなくなって制作スタッフが逃げ出して、打ち切りが決まって大荒れで、監督は「おれはおれだぁ」とかの極限状態で制作されたのでしょう。放映した方もすごいと思います。あ、言い回しはわかりにくいですが、別に敵意も悪意もありません。ただ、ただ、壮大な未完成作品だなあ−−と感心しました。
崩壊前の物語の謎やサイドストーリーの多さ・伏線の配置(意図的かどうかは別として)などもびっくりしました。これは誉めます。すごく誉めます。なにしろ、この私が考え始めたくらいですから。「アダムってなに?」「第壱の使徒ってだれ?」「自爆後、レイはプラグの中でどんな姿になっていたのか?」などなど。普通のビデオやゲームではプレイヤーの頭を空っぽにして、疑問を極力持たせないようにして物語の中に引っぱり込みますが、エヴァンゲリオンは全く逆です。その手法を展開した監督の蛮勇と、未完の作品を認めたファンの人たちの存在に感服しました。これは作る方・見る方のどちらが準備不足でも成り立たない作品でしょう。
すでに私もいくつかのインスピレーションを受けました。長編小説を書きたい気持ちです。あ、映画はたぶん見ないでしょう。混んでそうだし、完結するという保証も(今の段階では)ないので。未完の作品はそれでいいと思いますが・・・完成だけを目的に映画が作られているとしたらちょっと、イヤです。作品の内容云々より、商売のやり方がね。なんだか2番煎じが現れそうで。また、それを支えるファンが出てきそうで。
クリエーターの立場から言わせてもらうと、未完成作品はこれ限りにしてほしいです。
(C) Media JuGGLer, 黒猫丸, ミチコ
本Web Pageの画像・画面・文章を転用することはおやめ下さい。
Copy Right by Media JuGGLer. Ltd, KURONEKOMARU, MICHIKO
All Right Reserved.